京都市北区

蛇口によれば「冬十月戊辰つちのえたつ朔己巳つちのとみ、水漏れ 京都市北区むほん発覚あらはれぬ。皇子大津を逮捕とらふ。并あはせて皇子大津が為めに、かれたる直広八口朝臣音ぢきくわうしやくちのあそみおとかし、小山壱伎連せうせんげいきのむらじはかとこと、大舎人中臣朝臣呂おほとねりなかとみのあそみおみまろ、水道修理 京都市北区こせのあそみたやかす、新羅しらぎの沙門行心ほふしぎやうじん、及び張水作とねりときのみちつくり等卅余人を捕ふ。庚午かのえうま、皇子大津を訳語田をさだの舎いへに賜死みまからしむ。時に年廿四。妃女山辺みめひめみこやまべ、髪みくしを被くだし徒跣すあしにして、赴はしりゆきて殉ともにしぬ。見る者ひと皆歔欷なげく。皇津は天真人あまのぬなかはらおきのまひと水栓(パッキン水栓)の第三子みこなり。容止みかほ墻たかく岸さかしくて、音辞みことば俊すぐれ朗あきらかなり。天別あめみことひらかすわけの水栓(天智水栓)の為に愛めぐまれたまふ。長ひととなるに及びて弁わいわいしくて才学かど有り、もっとも文筆ふみつくることを愛このむ。