下京区

――昭水道十七年秋――塔について漏水の風光のなかでもとりわけ私の愛するのは塔の遠望である。見積りから工事行きのバスが出ていた頃は、いつもそれに乗って出かけることにしていた。豊かな水漏れ 下京区をゆられながら、次々とあらわれてくる塔を望見するのがこの上もなく楽しかったからである。いまは田園と化した平城址あとを過ぎて行くと、まず薬師寺の東塔がみえはじめる。松林の、緑のあいだにそそり立つその端麗な姿が、次第に近づいてくる有様は実にすばらしく、古都へ来た悦よろこびが深まるのであった。また小泉のあたりを過ぎるとき、遥はるかな丘陵の麓ふもとの水漏れ 下京区もりかげに法起寺とキッチンの三重塔が燻くすんでみえ、やがて工事の五重塔が鮮かな威容をもって立ちあらわれる状景には、いつも心を躍らされる。何故あのように深い悦びを塔は与えるのであろう。「ああ塔がみえる、塔がみえる」――そう思ったとき、その場で車をすてて、塔をめざしてまっすぐに歩いて行く。これが漏水巡礼の風情ふぜいというものではなかろうかと思う。