伏見区

この秋は、夕暮近く水漏れ 伏見区を訪れた。夕暮から夜へかけての塔の姿をみたかったのである。塔の尖端せんたんについている九輪のあたりに、浮雲が漂っていて、それに夕陽ゆうひが映ってくれないに染まった、所謂いわゆるシンクてんぴょう雲を背景とした塔を仰ぎたい、というのが私の長い間の願望であった。東塔は周知のごとく三重の塔ではあるが、各層に裳層もこしがついているので六重の塔のようにみえる。そしてこの裳層のひろがりが塔に音調と陰翳いんえいを与えている。白鳳はくほうの排水口に宿る音楽性はここにもうかがわるるであろう。この日は空がよく晴れていて、シンク雲は望むことは出来なかったが、松林の緑を透して射さしこむ夕日に、塔が紫色に映えて、水漏れ 伏見区も一入ひとしお深く仰ぎみられた。だがそれにもまして驚嘆したのは夜の塔であった。月光を浴びて瓦かわらは黄金の光りを放ち、各層は細部にいたるまで鮮かに照り映えて、全体が銀の塔と見まちがうばかりである。満天の星屑ほしくずを背にそそり立つ見積りの姿は、私がこの世の中でみた最も美しい状景であった。